北海道砂川市で起きたヒグマ駆除をめぐる発砲事件が、今なお議論を呼んでいます。
駆除に当たった北海道猟友会の支部長が、公安委員会から猟銃所持許可を取り消され、これを不服として訴訟を提起。
一審・二審で判断が分かれる中、2024年10月には札幌高裁が原告の請求を棄却しました。
この記事では、事件の経緯から司法判断、地域やハンターへの影響までをわかりやすく解説します。
- 事件の発端と経緯
- 裁判の争点と判断の違い
- 裁判が他の猟友会に与えた影響
事件の発端と経緯|ヒグマ駆除中の発砲と所持許可取消へ
このセクションでは、砂川市でのヒグマ駆除をめぐる発砲事件について、発生の経緯と所持許可取消に至るまでの流れを時系列で解説します。
駆除要請と現場対応
2018年8月21日、砂川市からの要請により、北海道猟友会砂川支部長・池上治男氏(当時71歳)が出動。
市職員や警察官、別の猟友会員(A氏)も同席する中、子グマを確認し、住民不安の高まりを受けて駆除を実施しました。
市職員と警察官が避難誘導を行い、池上氏は斜面下の空き地から発砲。A氏は道路上で警戒にあたっていました。
発砲と跳弾問題
池上氏は「撃つぞ!」と宣言後、ヒグマに向けてライフルを1発発射し、首元に命中させ即死させました。
しかし約2か月後、A氏が「跳弾が自身の銃床を破損した」と警察に申告。
池上氏は鳥獣保護管理法および銃刀法違反の容疑で書類送検され、2019年4月には北海道公安委員会が「民家方向への危険」を理由に猟銃所持許可を取り消しました。
裁判の争点と判断の違い|一審は「濫用」認定、二審は「安全性欠如」
このセクションでは、池上氏が提起した訴訟について、一審と二審それぞれの裁判所がどのような視点で判断を下したのかを解説します。
判断が分かれた背景には、銃の使用における「公共性」と「安全性」のどちらを重視するかという法的バランスがありました。
一審(札幌地裁):公共性と安全確認を重視
2021年12月、札幌地方裁判所は処分取り消しを認め、「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の濫用に当たる」と判断。
駆除は公共性に基づく行為であり、安全確認もなされていたと評価されました。
さらに、「跳弾による建物被害の証拠はなく、銃弾が建物に届く可能性も低い」として、公安委員会の主張を退けました。
一審判決の詳細はコチラ
2021年12月、札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長)は北海道公安委員会の猟銃所持許可取り消し処分を「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の逸脱・濫用に該当する」と判断し、池上治男氏の訴えを認めました。
主な判決理由
- 公共の利益と安全性の確認
- 池上氏のヒグマ駆除は「自治体の要請に基づく公共の利益に沿った行動」と評価され、発砲時には市職員や警察官が立会い、安全確認が行われていた。
- 銃弾がヒグマに命中した事実を認定し、「弾丸が建物に当たった証拠はなく、跳弾による被害も確認されない」と指摘。
- 処分の不当性
- 公安委員会が「建物に向けて発砲した」とする主張に対し、現場の地形(高さ約8メートルの土手)を考慮し「銃弾が建物に到達する物理的可能性が低い」と反論。
- 警察や検察が不起訴処分とした事実を重く見て、「行政処分と刑事判断の整合性の欠如」を批判。
判決の影響
一審勝訴後、地元猟友会は「警察の恣意的な判断が是正された」と歓迎し、駆除活動の継続を期待する声が上がりました。しかし、北海道公安委員会が控訴したため、判決は確定せず、二審での逆転敗訴につながりました。
二審(札幌高裁):跳弾リスクと周囲の危険性を評価
2024年10月18日、札幌高等裁判所は一審判決を覆し、処分は適法と判断。
現場の地形が跳弾を生む可能性を否定できず、周辺5軒の民家と関係者3人の生命への危険があったと認定。
公安委員会の裁量権行使は適正であると結論づけました。
二審判決(札幌高裁判決)の詳細はコチラ
2024年10月18日、札幌高等裁判所(小河原寧裁判長)は一審判決を覆し、北海道公安委員会の猟銃所持許可取り消し処分を適法と判断しました。
主な判決理由
- 危険性の再評価
- 現場の地形(高さ約8メートルの土手)について、上部3メートルが斜度の緩い「バックストップ不十分な地形」と認定。跳弾が周辺の建物5軒に到達する可能性を指摘。
- 発砲時に現場にいた市職員・警察官・別のハンター計3人の生命・身体に危険が及ぶリスクを強調。
- 一審との判断の相違
- 一審が「弾丸が建物に命中した証拠がない」としていた点に対し、二審は「物理的可能性の有無」を基準に違法性を認定。
- 北海道公安委員会の裁量権を「逸脱・乱用ではない」とし、行政判断の優先性を認めました。
判決の影響
池上氏は「現実からかけ離れた内容で理解できない」と反発し、最高裁への上告を表明。地元猟友会からは「ハンターが銃使用に慎重になり、ヒグマ駆除に支障が出る」との懸念が噴出しています。
争点の核心
- 地形解釈の対立:検証では、土手上部の緩斜面が跳弾を発生させる可能性が焦点となり、これが一審・二審の結論を分けました。
- 行政vs公共性:二審は「安全性の絶対的確保」を優先し、自治体要請による駆除の公共性を相対化する判断を示しました。
裁判が他の猟友会に与えた影響
この判決は道内外の猟友会に波紋を広げ、駆除活動の現場にさまざまな影響をもたらしています。
駆除活動の萎縮
二審判決後、道内各地の猟友会では「発砲に踏み切れない」との声が広がり、ヒグマ対応をパトロールのみにとどめる例も見られます。
「跳弾の可能性」が違法判断の基準となったことで、現実の山林では対応困難との声が上がっています。
自治体との協力関係の見直し
道猟友会は緊急理事会を予定し、今後の駆除要請への対応可否を検討中。
「判決が駆除活動の萎縮を招く」として、協力体制の見直しも検討されています。
法制度改正への圧力
判決を受けて、鳥獣保護管理法の見直しや、警察庁による猟銃規制強化への懸念も高まっています。
一方で、環境省が進める市街地での猟銃使用の規制緩和も議論されており、法制度の整合性が問われる状況です。
ハンターの士気低下と担い手不足
「駆除が処罰対象になるなら誰も撃てない」との声が現場に広がり、リスクと報酬の不均衡から担い手減少が加速。
特に高齢化の進む地域では、ヒグマ被害への対応に支障をきたす恐れもあります。
地域社会への波及
北海道以外でも、自治体が猟友会への依頼をためらう事例が出ており、住民不安の増加が指摘されています。
裁判所が「猟友会に過度な依存があった」と指摘したことから、行政と民間の役割分担の見直しも求められています。
まとめ|「砂川市・猟銃許可取消」問題が突きつける現実
砂川市で発生したヒグマ駆除中の発砲事案は、公共の安全を守る行動と、銃器使用における法的リスクの両立がいかに難しいかを浮き彫りにしました。
この記事の内容をまとめると、以下のようになります。
- 2018年、砂川市でヒグマ駆除中に発砲した池上氏が猟銃所持許可を取り消された
- 一審では「裁量権の濫用」として処分を違法と判断
- 二審では「周囲への危険性」を重視し、処分を適法と認定
- 判決後、猟友会では萎縮ムードが広がり、駆除活動への影響が出ている
- 法制度や行政の運用と、現場の実情をどう調和させるかが今後の課題
ヒグマ被害が深刻化する今、現場判断に伴うリスクと責任の在り方を改めて考える時が来ています。