鶴保庸介議員は、2025年7月8日、和歌山市での演説中に「運のいいことに能登で地震があった」と発言。
この発言は、能登半島地震で被災した方々や多くの国民から強い批判を浴びました。
この記事では、鶴保庸介議員の問題発言全文を掲載。
また、問題発言の背景、謝罪会見内容、時系列まとめを詳しく紹介します。
鶴保庸介の問題発言の全文
鶴保庸介議員は、2025年7月8日、和歌山市内で行われた参院選の応援演説中に問題発言を行いました。
集まった支援者や市民を前に、鶴保氏は「二地域居住」の制度推進を語る中で、 「運のいいことに能登で地震があった」と発言しました。
その発言内容がこちらです。以下、前後の文章を掲載します。
二地域の居住ができるようにしようと
総務省は普通はこういう時には立ちはだかって反対をするんです
しかし今回に至っては本当に協力的でした
むしろ率先してやってくれたと言ってもいい
また運のいいことに能登で地震があったでしょ
能登で地震があったときに地震の上のほうであったのは
あの輪島だとか あの たま… なんだっけ あの上の方ね
能登半島の北の方ね
そういう地域で
根っこにある石川県の金沢とか
ああいうところから
そこの被災地域まで行くのに
まぁ金沢も被災したんですよ
被災したんですがその地域まで行くのに
寸断された道をずっと上がって
3時間 2時間半とか3時間かかります
で 被災者はその金沢に住んで
いちいちいちいち
自分の被災した家を点検しに行くような作業をずっとしておられたわけですね
もういい加減 これ輪島市の市役所もないのに
金沢市に住んで
新しい被災地域のために
補助金もらうのに
自分の住民票を市役所がまともに
動いてもいないところで
3時間かけていくのが おかしいじゃないか
という話になって
結局緊急避難的にですけど
金沢にいても
輪島の住民票が取れるようになっていったんですよ
やればできるじゃないかという話になってしまいました
チャンスです
だから二つの地域で住民票登録はできるんだと
「運のいいことに能登で地震」発言の背景と意図
鶴保庸介議員が問題発言を行った背景には、「二地域居住」という政策テーマがありました。
二地域居住とは、災害時や働き方改革を目的に、一人が複数の場所に住民票を持てるようにしようという制度です。
その仕組みを説明する中で、鶴保氏は「能登半島地震」を例に出しました。
被災者が金沢市と輪島市を行き来する不便さを解消するため、住民票制度が見直された事例を紹介しようとしたものです。
しかし、その際に「運のいいことに能登で地震があった」という不適切な表現が使われ、大きな批判を招きました。
7月9日には謝罪会見を開いた
2025年7月9日、鶴保庸介参議院議員は東京都内で記者会見を開き、改めて謝罪しました。
前日の問題発言を受け、深夜にはコメントを発表していました。
その翌日、メディアや国民に対して直接説明する場を設けた形です。
鶴保氏は会見で次のように述べました。
- 「行政サービス改善のきっかけとして地震を例にした」
- 「被災地への配慮が足りなかった」
- 「二地域居住の必要性を伝える中で、適切な言葉選びができなかった」
また、自身が被災地を訪問した経験や、復興支援への思いも語りました。
しかしながら、「運のいいことに能登で地震」という発言は、被災者の心情を深く傷つけるものです。
政策説明が目的だったとしても許されないという批判の声が多く上がりました。
2025年7月9日の謝罪会見の冒頭の説明を表示
昨日の私の発言につきまして、 昨日遅くにコメントも出させていただきましたが、
改めて、皆さんに、真意をご説明をしなければという思いで
会見をさせていただいております。
今回の発言につきまして、能登地方が被災したことにつきまして、
「運良く」などと、そう発言してしまいましたが、思った発言では全くありません。
私自身、被災地への訪問ですね、もさせていただき、
お見舞金なども、僕は持っていかせていただいたところでありますので、
今後どうやって被災地を支えていくかについて、
心を砕いている者の一人であると自負は、しているつもりです。
ではありますが、被災地の利便向上を目的とした
行政上の暫定支援措置が二地域居住の促進のための
複数住民登録への道筋となることを表現するには
被災地への配慮が足りなかったと反省をしております。
言葉足らずであったと同時に、このことについて、
被災地のご苦労を考えると、例として出すのも適当であったかどうかを
深く考えなければならないと思います。
陳謝の上、撤回をさせていただきたいと思います。
以上です。
7月12日 参院予算委員長を辞任と正式表明
問題発言から4日後の2025年7月12日に、事態は動きます。
鶴保庸介参議院議員は、参院予算委員長の辞任を正式に表明しました。
発言後も議員職は続けていましたが、「責任を取るべき」という声が強まり、辞任に至った形です。
党内からも「もっと早く辞任すべきだった」という意見が出るなど、影響は大きく広がりました。
問題発言をめぐる時系列まとめ
鶴保庸介参議院議員の「運のいいことに能登で地震」発言に関する流れを、時系列で整理しました。
- 2025年7月8日
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和歌山市で参院選の応援演説中、「運のいいことに能登で地震があった」と発言。
- 2025年7月8日夜~9日未明
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- 発言が報道され、SNSやメディアで大きな批判が広がる。
- 鶴保氏は「被災地への配慮が足りなかった」と発言を撤回し、謝罪。
- 2025年7月9日
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記者会見で改めて謝罪し、「発言を取り消す」と表明。
- 2025年7月12日
-
鶴保氏が参院予算委員長の辞任を表明。
また、被災地・石川県珠洲市議会も、鶴保氏の発言に対し抗議文を提出する動きが出ています。
とくに問題視されたのは、鶴保氏が応援演説の中で「珠洲市(すずし)」という地名を正しく読めなかったことです。
「あの上の方ね」などとあいまいな表現で済ませた場面もありました。
被災地を例に出す以上、地名や地域への理解が不十分だったことも、地元関係者の反発を強める原因となりました。。
まとめ
鶴保庸介参議院議員の問題発言「運のいいことに能登で地震があった」は、大きな問題となりました。
鶴保庸介議員の問題発言は、被災地や全国の人々から「配慮に欠ける」と厳しい批判を受けています。
鶴保庸介氏は発言直後に謝罪し、7月9日には記者会見で改めて謝罪と発言撤回。
さらに、7月12日には参院予算委員長の辞任を正式に発表し、責任を取る形となりました。
今回の鶴保庸介議員の問題発言をきっかけに、政治家の言葉の重みや地域への理解不足の重要性が改めて、問われています。
発言ひとつで信頼や立場を大きく左右する時代、鶴保庸介問題発言の一件はその象徴的な事例となりました。